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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)10543号 判決 1991年10月24日

原告

林興業株式会社

右代表者代表取締役

林哲司

右訴訟代理人弁護士

矢島邦茂

右訴訟復代理人弁護士

長瀬有三郎

被告

株式会社飛竜企画

右代表者代表取締役

下川徳雄

被告

服部徹

右両名訴訟代理人弁護士

黒木芳男

山田勝利

主文

1  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  (主位的請求)

被告株式会社飛竜企画(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、四二七八万円及び内金三一九八万円に対する昭和六三年九月一五日から、内金一〇八〇万円に対する平成三年七月二六日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  (予備的請求)

被告らは、各自、原告に対し、四一二〇万円及び内金三七二〇万円に対する昭和六三年九月一五日から、内金四〇〇万円に対する平成三年七月二六日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  (訴訟費用)

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び第1、2項につき仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

主文と同旨の判決を求める。

第二  当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  (当事者その他の関係者)

原告は、その本店所在地の東日本旅客鉄道株式会社目黒駅西口前にビルを所有し、右ビル等の不動産の管理、右ビル内店舗での煙草等の販売等の業務を目的とする株式会社である。

被告会社は、新聞、雑誌、テレビ等による広告の代理店業及びこれらの企画、立案、制作等の業務を目的とする株式会社であって、被告服部徹(以下「被告服部」という。)は、本件係争当時における被告会社の専務取締役であったものである。

訴外株式会社フォーユー(以下「訴外会社」という。)は、広告用の電光表示板の制作施工業者である訴外岡谷電気産業株式会社の総代理店として、右電光表示板等の販売、設置等の業務を行っていたものである。

2  (本件電光表示板設置契約の締結)

原告は、昭和六一年一〇月六日、訴外会社との間において、代金合計三五二〇万円で原告が訴外会社から屋外広告用の大型電光表示板及び付属機器一式を買い受けてこれを前記ビルに設置する契約(右電光表示板を以下「本件電光表示板」といい、右契約を以下「本件電光掲示板設置契約」という。)を締結して、同年一一月中旬頃までに、これを右ビルに設置した。

3  (本件広告代理店契約の締結)

原告が本件電光表示板設置契約を締結することにしたのは、昭和六一年八月下旬頃以降、被告服部が原告に対して「電光表示板に放映する広告はすべて被告会社でとってきて、原告には絶対に損をさせない。」などと言明し、原告にこれを勧奨し積極的に働き掛けたことによるものである。

そして、原告は、本件電光表示板設置契約の締結の前後を通じて、被告会社との間において、広告代理店契約の締結についての交渉を行ってきたが、被告服部は、同年一一月二三日、原告の本店近くの喫茶店において、原告の代表取締役(当時)林実及び同取締役林修司に対して、本件電光表示板による広告業務につき被告会社が原告の総代理店となること、被告会社の手数料を控除した後の放映料が一か月当たり一八〇万円に達しない場合においても、被告会社が同額の放映料を保証し、これを原告に支払うものとすることを約し、また、その他の契約条件について合意した。

そこで、原告から右の合意内容に従った契約書の作成の委任を受けた弁護士矢島邦茂は、同年一二月八日、原告代表取締役林実の同席の下に、同弁護士の事務所において、被告服部との間において、前記の合意内容を確認するとともに、その他の契約条件についても協議を遂げ、その結果、被告服部は、被告会社として、原告との広告代理店契約を別紙1の契約書案記載のとおりの内容のものとすることを承諾した。

そして、弁護士矢島邦茂は、同月一六日、右の口頭による合意内容を別紙1のとおりの契約書案として書面化し、これを被告会社に送付したところ、被告服部は、その後、再三にわたって、被告会社として右契約内容には依存はないとしつつも、これに調印することを遷延し、結局、これに応じないままとなった。

しかしながら、右のような経過に照らすと、被告会社は、同月八日の弁護士矢島邦茂の事務所における応答によって、原告との間において、口頭により、別紙1契約書案記載のとおりの内容の広告代理店契約を締結したものというべきである(右広告代理店契約を以下「本件広告代理店契約」という。)。

4  (契約締結上の過失)

仮に原告と被告会社との間において本件広告代理店契約が成立していないとしても、被告会社又は被告服部には、本件広告代理店契約の締結上の次のような過失があるから、原告がこれによって被った損害を賠償すべき責めを免れない。

すなわち、原告は、前記のとおり、被告服部の積極的な働き掛けにより、被告会社との間で本件広告代理店契約を締結することができることを当然の前提として、訴外会社との間において本件電光表示板設置契約を締結したものである。そして、原告は、本件広告代理店契約の締結に向けて被告服部との間で具体的な細目について交渉を進展させ、その具体的な確定をみて、契約書の案文を作成し、その調印を待つばかりの段階まで契約締結の準備を進めてきたものである。ところが、被告会社又は被告服部は、このような場合においては、契約成立に対する原告の期待を侵害しないように誠実に契約成立に努めるべき信義則上の義務を負うにもかかわらず、なんら正当な理由なくして、契約の締結を拒否したものである。したがって、被告会社及び被告服部は、原告の右契約の締結の利益を侵害したものであって、原告に対して、その損害を賠償すべき責任がある。

5  (原告の損害等)

ところで、被告会社は、昭和六二年四月頃、原告のために、放映料一か月当たり五万円、放映期間同年五月一日から昭和六三年四月三〇日までとする広告契約を顧客との間で締結し、原告に対して、被告会社の手数料を控除した残額の四二万円の放映料を取得させたほかは、本件広告代理店契約を一切履行しない。

また、原告は、被告らの前記契約締結上の過失によって、本件電光表示板設置契約の代金三五二〇万円を出捐したほか、今後無用に帰した本件電光表示板等の撤去費用二〇〇万円の出捐を余儀なくされることによって、合計三七二〇万円の損害を被った。

6  (結論)

よって、原告は、主位的には、本件広告代理店契約に基づき、被告会社に対して、昭和六二年一月一日から昭和六三年一二月三一日までの間の一か月当たり一八〇万円の割合による放映料合計四三二〇万円から原告が取得した前記放映料四二万円を控除した残額四二七八万円及び内金三一九八万円に対する本件訴状が被告会社に送達された日の翌日である同年九月一五日から、内金一〇八〇万円に対する本件訴変更申立書が被告会社に送達された日の翌日である平成三年七月二六日から、各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、予備的には、前記契約締結上の過失責任として、被告らに対して、前記損害賠償金三七二〇万円及び本訴の提起追行についての弁護士費用の合計四一二〇万円並びに右損害賠償金に対する前同昭和六三年九月一五日から、右弁護士費用に対する前同平成三年七月二六日から、各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する被告らの認否

1  請求原因1(当事者その他の関係者)及び2(本件電光表示板設置契約の締結)の事実は、認める。

2  同3(本件広告代理店契約の締結)の事実中、原告が本件電光表示板設置契約の締結の前後を通じて被告会社と広告代理店契約の締結についての交渉を行ってきたこと、弁護士矢島邦茂は、昭和六一年一二月一六日、別紙1のとおりの契約書案を被告会社に送付したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同4(契約締結上の過失)の事実は、否認する。

4  同5(原告の損害等)の事実中、被告会社が昭和六二年四月頃に原告のためにその主張のような広告契約を締結し、原告に放映料四二万円を取得させたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1(当事者その他の関係者)及び2(本件電光表示板設置契約の締結)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、本件広告代理店契約の締結交渉の過程について検討すると、原告が本件電光表示板設置契約の締結の前後を通じて被告会社と広告代理店契約の締結についての交渉を行ってきたこと、弁護士矢島邦茂が昭和六一年一二月一六日に別紙1のとおりの契約書案を被告会社に送付したことはいずれも当事者間に争いがなく、これらの当事者間に争いがない事実に<書証番号略>、証人林修司、同中井武及び同矢島邦茂の各証言、原告代表者(当時)尋問の結果並びに被告服部本人尋問の結果を併せて判断すると、次のような事実を認めることができ、前掲証拠中、以下の認定に反する部分は、たやすく採用することができない。

1  原告は、昭和六一年当初頃以降、求人広告誌への求人広告の掲載の依頼をするなどの被告会社との取引関係にあったものであるが、原告の代表取締役林実又は取締役林修司は、同年七月頃、被告服部に対して、原告の所有する前記ビルの有効活用等について相談するなどしていた。

これに対して、被告服部は、偶々知り合った訴外会社の当該部門の担当課長である訴外中井武から同社の営業品目である電光表示板による屋外広告事業について聞き及んでいたところから、同年八月下旬頃以降、右林実及び林修司に対して、右の事業を紹介するとともに、被告会社としても、それまでに右のような事業を手掛けたことはなかったものの、広告代理店としての商機とする期待もあって、訴外会社の当該部門の担当部長である訴外小黒長ノ介、右訴外中井武等から資料を入手し説明を受けるなどしたうえ、原告に対して訴外会社の電光表示板を導入して前記ビルにおいて屋外広告事業を展開することを提案し、また、同年九月中旬頃、訴外会社の右担当者らを林実及び林修司に引き合せるなどした。

2  原告は、訴外会社の右担当者らから電光表示板による屋外広告事業の提案書の提示を受け、また、右担当者及び被告服部らと事業計画案について協議するうち、結局、訴外会社から電光表示板を買い入れて前記ビルにこれを設置し、被告会社との間においては広告代理店契約を締結することを予定して、右事業を行うこととし、昭和六一年一〇月六日、訴外会社との間において、本件電光表示板設置契約を締結した。

そして、原告と被告会社は、同月中旬頃から下旬頃までの間、被告会社が広告代理店として営業活動を行うことを当然の前提として、放映料金基準の設定、被告会社の手数料率について協議を行って概ね合意をみ、また、原則的には被告会社を原告の右事業についての専属的な取次権を持つ総代理店とすることとした。

3  被告会社は、昭和六一年一一月初め頃、前記のような協議の結果に基づいて、広告代理の方法、被告会社の手数料率(放映料の三〇パーセント)、放映料の支払時期及び方法、契約の存続期間等を条項化した別紙2のとおりの契約書案を原告に送付し、書面によって広告代理店契約を締結することを求めた。

ところが、原告は、同月二三日頃に至って、被告会社に対して、放映料の月間最低保証限度額を設定して売上高がこれに達しない場合には被告会社においてその差額を補填するものとすることを求めるようになり、その最低保証限度額を一八〇万円とすることを提案するなどして、右契約書案によって広告代理店契約を締結することを拒んだ。

もっとも、被告会社は、この間の同年一〇月頃以降、原告の右事業についての得意先等に対する本格的な営業活動を開始し、また、本件電光表示板は、同年一二月一日頃以降、操業が可能な状態になった。

4  このような状況の下で、原告は、昭和六一年一一月二五日頃、被告会社の作成にかかる別紙2の契約書案と原告代表取締役林実作成にかかる前記最低保証限度額を一八〇万円とする条項案(<書証番号略>)とを弁護士矢島邦茂に送付して、その間の調整と契約書の作成を依頼した。

そして、弁護士矢島邦茂は、同年一二月八日、原告代表取締役林実及び被告服部を同弁護士の事務所に参集させ、右の最低保証限度額をめぐる問題やその他の必要な契約条項について調整したところ、被告服部は、一応は原告代表取締役林実の作成した前記条項案に賛意を表しつつも、その場で直ちに確定的なものとしてこれを承諾することはせず、問題を後日の契約書の作成、調印時に持ち越すことにした。

そこで、弁護士矢島邦茂は、同月一六日、前記調整の結果を踏まえ、原告の意を汲んだうえで、最低保証限度額を一八〇万円とし、その他の細則を条項化して、別紙1のとおりの契約書案としてこれを書面化し、原告及び被告会社の双方に対して、検討を依頼してこれを送付し、また、同月二四日頃にも、被告会社に対して、その調印を求めてこれを送付した。

ところが、被告会社、とりわけ被告服部は、右調印の求めに応じるでもなければこれを拒むものでもない著しく煮え切らない態度に終始し、そのようにするうちに、本件電光表示板による屋外広告事業が当初の予測に反して著しく低調な営業実績しか挙げることができないことも次第に明らかとなって、結局、原告と被告会社との間の広告代理店契約の締結をめぐる交渉は、昭和六二年三月頃、それ以上の進捗をみないままに終わった。

そして、被告会社は、以上の期間を通じて、先に認定したとおりの放映料金基準、被告会社の手数料率等に従って原告の右事業についての取次業務の営業を展開してきたが、この間、原告に対して、なんらかの最低保証限度額を設定したものとして算定した放映料を支払ったようなことは一度もなかったし、また、原告も、被告会社に対して、各月毎に個別的にその支払いを求めるようなことはしていない。

三前項において認定したような事実経過に照らすと、原告が本件電光表示板設置契約を締結して屋外広告事業を行うこととするについては、被告会社との間において広告代理店契約を締結することを予定しその営業活動に依存することにしていたことは、明らかである。そして、被告会社も、これを前提として、昭和六一年一〇月頃以降、契約書として書面化されてはいないものの、原告との間で合意をみた放映料金基準、被告会社の手数料率等に従って、原告の右事業についての取次業務その他の本格的な営業活動を開始し継続してきたのであるから、原告と被告会社との間では、遅くとも右の時点においては、右のような放映料金基準、手数料率等の定めのある広告代理店契約が成立していたものと解するのが相当である。

そして、原告の本訴請求は、同年一二月八日に至って初めて放映料の最低保証限度額の定めのある本件広告代理店契約が成立したものとして被告会社に右特約に基づく放映料の支払いを求め、あるいは、本件広告代理店契約の締結を拒否したことが契約締結上の過失に当たるものとして被告らの責任を追及するものであるけれども、原告と被告会社との間においては右のとおり既に同年一〇月頃には右のような限度での定めのある広告代理店契約が成立していたものであると認めるべきものである以上、ここでの問題は、原告と被告会社との間においておよそなんらかの広告代理店契約が成立したかどうかということにあるのではなく、原告の主張するような経過によって右のような放映料の最低保証限度額に関する合意が成立したかどうか(契約条項の付加変更)又は右合意を成立させなかったことにつき契約締結上の過失があったものとして被告らが責任を負うかどうかにあるものというべきである。

四以上のような前提に立って検討すると、確かに、原告が昭和六一年一一月二三日頃以降において放映料の月間最低保証限度額を一八〇万円とし売上高がこれに達しない場合には被告会社においてその差額を補填するものとすることを求め、また、これを受けて弁護士矢島邦茂が同年一二月八日に契約条項についての調整をしたのに対して、被告服部においては、原告の右提案に対して一応の賛意を表するなど、被告会社、とりわけ被告服部は、必ずしも明確な対応をせず、それが事態を紛糾させた一因であることは推認するに難くない。

しかしながら、後日に契約書を作成し調印することによって契約を締結することが明確に予定されている場合においては、それに至る過程での当事者間の口頭によるやり取りは、特段の事情のない限り、未だ契約交渉の一環であって、契約の申込又は承諾としての確定的な意思表示ではないものと推定するのが相当である。そして、被告服部は、右同日、弁護士矢島邦茂の事務所において、原告の前記提案に一応の賛意を表しつつも、確定的な意思表示は後日に予定された契約書の作成、、調印時まで持ち越して留保することとしたものと認められるのであるから、これをもっては未だ放映料の最低保証限度額に関する前記合意が成立したものということはできず、他にはこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって、右の合意が成立したことを前提とする原告の被告会社に対する主位的請求は、理由がないものというべきである。

次に、契約締結上の過失を理由とする原告の被告らに対する予備的請求についてみると、原告は、被告会社との間において広告代理店契約を締結することを予定しその営業活動に依存することとして、訴外会社との間で本件電光表示板設置契約を締結したものであることは、先に説示したとおりである。しかしながら、原告が放映料の最低保証限度額に関する前記のような具体的な提案をするに至ったのは、昭和六一年一一月二三日頃になってからのことであって、必ずしも原告が当初から被告会社との間で右のような形での保証条項を含んだ広告代理店契約を締結することを予定していたものとは認め難いところである。また、原告と被告会社との間においては、遅くとも同年一〇月頃には放映料金基準、手数料率等の定めのある広告代理店契約が成立していたものと解すべきことは、先にみたとおりであって、被告会社は、現にこれに基づいて原告の屋外広告事業についての取次業務その他の本格的な営業活動を開始し継続してきたのであるから、最低保証限度額に関する前記合意を成立させなかったからといって、これによって必ずしも原告がいわば全面的に梯子をはずされるという結果を招来することになるものではない。そして、被告会社が最低保証限度額に関する原告の前記提案を承諾せず合意を成立させなかったからといって、右合意の成立に向けての前記認定のとおりの当事者間の交渉経過、その他の事情に照らすと、これをもって直ちに契約関係を支配すべき信義則に違背するものともいえない。

したがって、契約締結上の過失を理由とする原告の被告らに対する予備的請求も、失当として排斥を免れない。

五以上のとおりであるから、原告の被告らに対する請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官村上敬一)

別紙<省略>

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